「これが資本主義か・・・!」と心底考えさせられた20代の体験

「これが資本主義か・・・!」と心底考えさせられた20代の体験

労働生活の過酷さと、椎間板ヘルニアになったこと

私が20代前半のころの話だ。
大学を出て年間の手取り300万円ほどで奥さんと生まれたばかりの子供を養っていた。
初めて務めたのは実家に近い地方の中小企業だった。
中小企業といえどブランドイメージも良い会社だった。
だが労働時間は拘束時間を入れて1日12時間以上で、年間100日くらいの休みしかない。
働くというのはこんなにも辛いものかとしみじみ思ったものだ。

山の中の市営住宅に住み、
楽しみといえば子供の成長と、軽自動車で休日の長距離ドライブを楽しむくらいだった。
もちろんそれはそれで幸せだった。しかし、いますぐ自分の夢や理想を追いかけられないもどかしさを同時に抱えていた。

会社に入っても、想像と違う仕事ばかりが与えられ、やりたくもない仕事のため、生活の糧を経るために生きているという想いをぬぐえない。妻や子供に食料を買い、家賃を払い続けるために働いているのだと強く感じていた。

唯一の救いは、幼い子供の成長と、それを実現してくれる妻の存在だ。

だが、まだ20代前半の未熟な私は、生きることのあらゆる葛藤の中でもがき苦しんだ。
自分は、こんなことをして生きていたいんじゃないと。

労働とストレスが重なったせいなのか、腰椎椎間板ヘルニアを患った
※じつは正確なことを言うと、整形外科の医師からは腰部脊柱管狭窄症という診断書をもらっている。
椎間板ヘルニアが腰椎の間にある椎間板が押し出された状態を指すのに対する一方で、腰部脊柱管狭窄症は、腰椎という骨そのものがつぶれてしまっている状態をいう。つぶれた結果、椎間板ヘルニアが併発しているということだ。この疾患は一般的に骨密度が低下する老年期に発症しやすいとされており、20代前半でこの診断となったことについては正直、今も疑問もある。レントゲンでは変形していたということなのだろう。いずれにしても、結果的に腰が痛くなる疾患であることは変わらないので今のところ深くは考えていない。

とにかく、あまりの痛みに立っていることもできず1か月の休暇療養を取った。

この時、本当は精神科にかかりたかったのだ。だが、そうしたことに抵抗があったのと、周りから後押しもしてもらえなかったのもあり、当時はかかることができなかった。誰にも具体的なSOSが出せなかった。心の悲鳴を誰よりも感じていたのは自分自身だったのだが。

だから、人が本当に辛いとき、SOSさえ出せないことがある。ということも
自分の体験から理解することができる。

当時の私は、真面目過ぎたと思う。心も体も限界を迎えていた。

妻のおばあちゃんからの心遣い

当時は、どれだけ切り詰めて節約をしても、本当にぎりぎりの生活だった。

妻の実家に行くと、
おばあちゃんがくれる1万円のお小遣いにどれだけ救われたことか。

おばあちゃんは、いつもとても穏やかで
土用の丑の日にはウナギをごちそうしてくれた。
本当に美味しかった。

おばあちゃんは、いつもニコニコして穏やかだった。
おばあちゃんは、おじいちゃんを早くに病気で亡くし50年間一人で生きてきた。

お嬢様育ちで、地元のお偉いさんの家に家事手伝いに行ったりしていたこともあるが、
基本的には専業主婦だった。

おじいちゃんがなくなってしまっても、おばあちゃんが生活に困ったことはなかった。
なぜならおじいちゃんは不動産投資で成功し、資産を残していたからだ。

自分の家もあり、収益を生み出す不動産もある
だから、無理に働く必要がない。

もちろん、おばあちゃんがその後、慎ましく暮らし、資産を使わずに守ってきたという
事実はある。
30代で1人になり、生きてきたおばあちゃんにとって、
生きるか死ぬかという、綱渡りの人生であったことに変わりはない。

そのおばあちゃんも数年まえに、天国へ旅立った。
おじいちゃんと50年ぶりに一緒になって何を話すのだろう。

おじいちゃんがおばあちゃんに残したもの

私は、サラリーマンとして1年で3000時間以上の時間とエネルギーを犠牲にして
ようやく300万円の給料を経て家族を養っていた。
これをいまだに日本でも多くの人々が労働条件として受け入れている。
そして、私は慣れない仕事の中で、重度の腰痛となった。

大変失礼な言い方だが、その一方で、おばあちゃんは自分の家で、自由に時間を使い、目の前でテレビを見て毎日くつろいでいる。
いつも自分のためだけに生きている。

当時の私は、それをとてもうらやましいと感じた。
おばあちゃんがこんなに幸せに生きていられるのは
おじいちゃんが資産を残したからだ。

全ての時間を労働に費やし、心理的に落ち込み、腰痛を患ってしまった自分と、
おばあちゃんのこの違いは、全ては資産を持っているかどうかなのだ。
そう理解した。

私は資産の大切さを学んだ。

家族を幸せにしたいなら資産を築くことしかない

現在は、以前ほど経済的に恵まれない状況ではなくなった。
しかし、当時の貧しい経験を経て、今でも私の徹底的な倹約の精神は変わらない。

すべての行動は、将来への投資と考えている。
今日の自分の行動が、10年後の自分の在り方を決める。

Amazonのプライムデーに欲望に任せてFireHD10などをポチっている場合ではない。
私も、危うく買いそうになったが、何とか思いとどまった。

我々は、全ての行動に対し、それが将来にどういう影響を及ぼすのか予測し、選択しなければならないのだ。

家族を幸せにしたいなら、あらゆるリスクを想定しよう。
もし、自分が死んだとき、住む家があったらそれだけで家族は幸せに生きていけるだろうか。

はっきり言って、持ち家だけでは無理だ。
すくなくとも、今はそう考えておくべきだ。

建物については詳しくはないが、
おそらくヒノキなど高価な材をふんだんに使えばともかく、
一般的なハウスメーカーのような家では20年もすれば資産価値がなくなる。
メンテナンス費など経費として掛かる部分も多い。
土地に関しても、人口が減少し空き家が増加していることがこれだけはっきりしている中で、
住宅用地の不動産価格が今より上昇すると予想することは難しい。
万が一、土地の供給過多で地価が下がり、売却もできないとなれば、子供たちにとって負の遺産ともなりえる。

だが、もしも持ち家だけでなく商業用地など
収益物件などいくつもの不動産に分散されているなら、
まさに正の遺産を残されたと言えるだろう。

会社経営者や大資本家ではない、庶民と言える人々の中でも、たった数千万円の資産があるかどうかというだけで、人生が変わる。

これこそが資本主義の現実なのだ