
『チェンソーマン』で知られる鬼才・藤本タツキ。美術大学で西洋画を学んだバックボーンに裏付けられた確かな表現力と、天性のセンスに裏付けられたストーリーとキャラクター造形に驚かされます。
今日は、そんな藤本先生の珠玉の短編『ルックバック』をご紹介します。
魂を揺さぶる創作賛歌、藤本タツキ『ルックバック』とは?
2021年夏、ウェブコミックサイト「少年ジャンプ+」に突如として公開され、わずか1日で閲覧数250万回を突破。漫画界に衝撃を与えた読切作品『ルックバック』。昨年、2024年6月には劇場アニメが公開され、大きな注目を集めました。
なぜこの143ページの物語は、これほどまでに多くの人の心を掴んで離さないのでしょうか。そのあらすじと魅力、そして作品が投げかけるテーマに迫ります。
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ルックバックのあらすじ
物語の主人公は、自分の才能に絶対の自信を持つ少女・藤野。彼女は小学校の学年新聞で4コマ漫画を連載し、クラスメートから喝采を浴びる日々を送っていました。
しかし、ある日、彼女の漫画の隣に、不登校のクラスメート・京本が描いた4コマ漫画が掲載されます。息を呑むほど巧みな京本の画力。藤野は初めて自分以外の「才能」を目の当たりにし、激しい嫉妬と劣等感に苛まれます。
漫画を描くことをやめようとする藤野でしたが、ひょんなことから京本と直接出会うことに。対照的な二人の少女が、漫画という一つの共通点を通じて出会い、互いに影響を与え合いながら同じ時間を歩んでいく。しかし、その先に待ち受けていたのは、あまりにも過酷な現実でした。
これは、創作を通じて結ばれた二人の少女の友情と成長、そして人生のままならなさを描いた物語です。
『ルックバック』の魅力
1. セリフを超越する「画」の力
『ルックバック』の大きな特徴は、セリフが極端に少ないことです。特に、二人の少女が共に過ごす時間や、一人で黙々と机に向かうシーンは、セリフのないコマが何ページにもわたって続きます。
しかし、そこにはキャラクターの息づかい、感情の機微、流れる時間の全てが描き込まれています。キャラクターの背中、雨の日の風景、散らかった部屋。それらの「画」が雄弁に物語り、読者はいつしかセリフがないことすら忘れ、物語の世界に深く没入していきます。この映画的な演出こそ、藤本タツキの真骨頂と言えるのではないでしょうか。
2. 「描くこと」への賛歌とクリエイターの業
「ただ、好きだから描く」「誰かに褒められたいから描く」。本作は、創作活動の根源にある純粋な衝動と、他者からの評価を求める承認欲求、そして才能への嫉妬といった、クリエイターが抱える普遍的な葛藤を生々しく描き出します。
自分の才能を信じ、ひたすらに描き続けることの尊さ。そして、創作が時に人生を支え、誰かを救う力を持つこと。物語全体が、ものづくりに人生を捧げる全ての人々への力強いエール(応援歌)となっています。
3. タイトルに込められた多層的な意味
タイトルである『ルックバック』は、直訳すれば「振り返る」という意味です。物語は、主人公が過去を回想する形で進んでいきます。ルックバックというタイトルを見て、まずイギリスのロックバンド、オアシスの名曲「Don't Look Back in Anger(怒りの中で過去を振り返るな)」を思い出しましたが、オアシスのファンとして、どこかに関連性を探してしまう素晴らしいタイトルだと感じました。
後悔や喪失感を抱えながらも、それでも前を向いて進んでいく。過去をただ懐かしむのではなく、未来へ進むための力として捉えようとする。作品の結末まで読むと、このタイトルが持つ深い意味が胸に迫ってきます。
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劇場アニメ版の衝撃

2024年6月28日に公開された劇場アニメ版は、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』の作画監督などで知られる押山清高氏が監督・脚本・キャラクターデザインを務め、原作の持つ静謐な空気感とエモーショナルな演出を見事に映像化しました。
特に、声優陣の繊細な演技も相まって、原作の「画」が持つ力を最大限に引き出しされています。
藤野 役:河合 優実(かわい ゆうみ)さん
自信家でありながら、内面に脆さや葛藤を抱える主人公・藤野。その複雑なキャラクターの小学生から大人になるまでを演じきったのは、俳優の河合優実さんです。
- プロフィール: 2019年に俳優デビュー後、映画『PLAN 75』『愛にイナズマ』、ドラマ『不適切にもほどがある!』など、数々の話題作で圧倒的な存在感を発揮。その高い演技力で、ブルーリボン賞助演女優賞をはじめとする多くの映画賞を受賞しています。意外にも、本作が声優としての初主演作となりました。
- 演技の特徴: 河合さんの演技は、藤野の持つ「生々しさ」そのものです。自信に満ちた普段の声、創作に打ち込む時の集中した息づかい、そして感情が爆発するシーンでの絞り出すような叫び。それら全てが、アニメのキャラクターというより「そこにいる一人の人間」としての藤野を完璧に表現しています。特に、セリフのないシーンでの微かな息づかいやリップノイズ(唇の音)までもが、藤野の心情を雄弁に物語っており、ドキュメンタリーのような緊迫感を生み出しています。
京本 役:吉田 美月喜(よしだ みづき)さん
不登校で内向的、しかし内に秘めた情熱と圧倒的な画力を持つもう一人の主人公・京本。その繊細なキャラクターを体現したのは、俳優の吉田美月喜さんです。
- プロフィール: 2017年に俳優デビュー。映画『カムイのうた』で主演を務めるほか、ドラマ『今際の国のアリス』『ドラゴン桜』などに出演。透明感あふれる佇まいと、芯の強さを感じさせる演技で注目を集める若手俳優です。
- 演技の特徴: 吉田さんの演技は、京本の持つ「透明感と儚さ」を見事に表現しています。初登場シーンの、ドア越しに聞こえるか細い声。藤野と出会い、少しずつ心を開いていく過程での声のトーンの変化。吉田さんは、消え入りそうな声の中に、創作への確かな意志と藤野への憧れという芯の強さを絶妙に織り交ぜました。藤野役の河合さんと対照的なその静かな演技が、二人のキャラクターの関係性を見事に浮かび上がらせています。
2025年8月現在、劇場版ルックバックはAmazonプライムの独占配信となっています。
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また、過去に一度利用したことがある場合でも、一定期間を空けているなど条件を満たせば無料で利用開始できる可能性がありますので、確認してみてください。
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ルックバックの音楽について
映画『ルックバック』の魅力をさらに高めているのは、音楽の力。
映画を見終わった後も、ドライブでサウンドトラックをかけてBGMとして聴いて楽しむことができます。
そんな素晴らしい劇中音楽と主題歌「Light song」の作曲を手掛けたのは、音楽家haruka nakamura(ハルカ ナカムラ)氏です。
作曲家 haruka nakamuraとは?

haruka nakamura氏は、青森県出身の音楽家。少年期に独学でピアノやギターを学び、2006年から本格的に活動を開始しました。
ピアノを主体とした静謐(せいひつ)で美しいアンビエント・ミュージックが特徴で、聴く人の心に寄り添うような優しさと、どこか懐かしさを感じさせる透明感のある音色が高く評価されています。
これまでに自身のオリジナルアルバム『grace』や代表作『twilight』などを発表。個人での活動のほか、CM音楽(ポカリスエットなど)、テレビドラマ(NHK土曜ドラマ『ひきこもり先生』シリーズなど)、展覧会の音楽など、幅広い分野で活躍しています。
>>映画『ルックバック』の音楽はどう生まれた? haruka nakamuraが明かす、“光”がテーマになった背景
映画『ルックバック』の音楽の特徴
haruka nakamura氏は、原作が持つ繊細な感情の機微を、見事に音楽で表現しています。
- 物語に寄り添う音楽制作: 監督の押山清高氏と密に連携を取り、物語の冒頭から時系列に沿って作曲を進めるという手法を取りました。これにより、藤野と京本の心の動きや時間の流れに、音楽が完全にシンクロしています。
- ピアノが紡ぐ静かな感動: 全編を通して流れるピアノの旋律は、時に二人の少女の創作への情熱を、時に言葉にならない切なさや喪失感を表現し、観客の感情を静かに、しかし強く揺さぶります。
- 主題歌「Light song」: 主題歌はurara氏の儚(はかな)い歌声が印象的ですが、実はこの曲には特定の意味を持つ歌詞がありません。haruka nakamura氏が「讃美歌」のようなイメージで作ったと語る通り、その歌声は純粋な「音」として、映画全体の余韻を優しく包み込みます。
映画を観た多くの人から「映像と音楽が完璧に調和していた」「音楽が素晴らしくて涙が止まらなかった」といった声が上がっており、haruka nakamura氏の音楽が、この作品にとって不可欠な要素であったことがわかります。
彼の音楽に触れることで、映画『ルックバック』の世界をより深く味わうことができるでしょう。
現在、このサウンドトラックは多くの音楽ストリーミングサービス(サブスクリプション)で聴き放題の対象となっていますのでぜひ聴いてみてほしいです。
どこで聴けるの?サブスクリプション(聴き放題)サービス
月額料金で様々な音楽が聴き放題になるサービスです。初回無料トライアル期間を設けているサービスも多いので、ぜひお使いのサービスから聴いてみてください。
- Spotify: 無料プラン(広告あり・一部機能制限あり)でも楽しめます。世界最大のユーザー数を誇る定番サービスです。
- Apple Music: iPhoneやMacなどApple製品との親和性が非常に高いのが特徴。高音質なロスレスオーディオにも対応しています。
- YouTube Music: YouTube Premiumに含まれるサービスで、公式音源だけでなくYouTube上のライブ映像なども楽しめます。
- Amazon Music Unlimited: Amazonプライム会員向けの「Prime Music」よりも楽曲数が大幅に多い上位プランです。高音質なHD音源で楽しめます。
ダウンロード購入サービス
アルバムや楽曲を個別に購入して、自分のデバイスに保存しておきたい方向けのサービスです。
- iTunes Store: Appleの公式ストア。購入した楽曲はApple Musicライブラリと同期されます。
- mora(モーラ): ソニーが運営する音楽配信サイト。ハイレゾ音源の配信にも力を入れています。
- レコチョク: 日本の大手音楽配信サイトの一つです。
【おすすめの楽しみ方】
まずはSpotifyやApple Musicなどの無料体験を利用して、サウンドトラック全体を聴いてみるのがおすすめです。
オリジナルサウンドトラックのCDはこちらから購入いただけます。
映画を観ながら、どのシーンでこの曲が流れていたかを思い出したり、読書や作業用のBGMにしたりと、様々な形でharuka nakamura氏の美しい音楽を楽しむことができます。特に主題歌の「Light song」は、私たちに作品の余韻をいつでも呼び覚ましてくれるでしょう。
まとめ:漫画と映画、全ての才能が響き合う奇跡の作品『ルックバック』
漫画『ルックバック』が、藤本タツキ先生の魂が込められたペンによって読者一人ひとりの心に直接刻み込まれる「体験」であるならば、映画『ルックバック』は、その魂に声と音楽、そして卓越した演出という翼を与え、私たちの感情をさらに大きな空へと羽ばたかせてくれる「奇跡」と言えるでしょう。
主演を務めた河合優実さんと吉田美月喜さんの、魂のこもった声の演技。プロの声優ではない二人が演じるからこそ生まれる、飾り気のない生々しい感情のぶつかり合いが、藤野と京本というキャラクターに現実の血肉を与えました。
haruka nakamura氏の、静かでしかし絶大な力を持つ音楽。セリフのないシーンでこそ雄弁に登場人物の心を物語り、私たち観客を物語の奥深くへと没入させてくれました。
そして、これら声優の才能と音楽の魔法を一つに束ね上げ、原作の持つ繊細な空気感や感情の機微を、一枚一枚の絵に、一瞬一瞬の動きに焼き付けたのが、押山清高監督の卓越した演出の力です。
原作の持つ圧倒的な物語。魂を吹き込む声の演技。心に寄り添う音楽。そして、全てを完璧に調和させる監督の演出。これほど多くの才能が、一つの作品のために、これほど見事なバランスで響き合うことは滅多にありません。
映画『ルックバック』は、まさに全てが揃った奇跡のような作品なのです。
原作漫画で描かれた魂の物語をじっくりと味わい、そして映画で、全ての才能が織りなす奇跡のハーモニーを全身で浴びる。この二つの体験が重なり合った時、『ルックバック』という作品は、あなたの心の中で真に完成を迎えるはずです。
ぜひ、漫画と映画、両方の『ルックバック』に触れて、この類まれな物語が放つ光を、余すところなく感じ取ってください。
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藤本タツキ先生:その他のオススメ作品
『ルックバック』で藤本タツキ先生の世界に引き込まれた皆さんには、ぜひ先生の才能がさらに炸裂する他の作品をご紹介したいと思います。『チェンソーマン』や『ルックバック』とはまた違った、しかし根底に流れる「藤本タツキらしさ」を存分に味わえる作品ばかりです。
荒削りな魂の叫び『ファイアパンチ』

『チェンソーマン』以前の長編連載作品で、藤本タツキの名を世に知らしめた衝撃作です。
舞台は、「氷の魔女」によって全てが雪と飢餓に覆われた世界。主人公の少年アグニは、決して消えない炎でその身を焼かれながら、妹を奪った者への復讐を誓います。
「正義」とは、「悪」とは何か。生きる意味とは。極限状況に置かれた人々の狂気と愛憎が、予測不可能な展開で描かれます。かなり過激でグロテスクな描写もありますが、その奥にある深いテーマ性と、心を揺さぶる人間ドラマは圧巻の一言。『チェンソーマン』のダークな世界観の原点をここに見た、というファンも少なくありません。
虚構と現実が交錯する青春映画『さよなら絵梨』

『ルックバック』と同じく、200ページ一挙公開という形で発表された傑作読み切りです。
病気の母を撮影し、自主映画を制作した少年・優太。しかし、ラストの「病院が爆発する」という演出が不謹慎だと学園祭で大不評を買い、自殺を考えます。そんな彼が出会ったのは、謎の美少女・絵梨でした。
「私が死ぬまでを撮ってほしい」
絵梨との出会いから、優太の新たな映画制作が始まります。全編を通してスマートフォンで撮影したかのようなコマ割りで物語は進み、読者は「これは現実なのか、それとも映画なのか」という感覚に引き込まれていきます。切なくも美しい、愛と喪失の物語です。『ルックバック』が心に響いた方なら、間違いなくこの作品も好きになるはずです。
才能の原石がここに!『藤本タツキ短編集 17-21』『22-26』
藤本先生がデビュー前後に描いた読み切り作品を集めた、二冊の短編集です。ここには、後の傑作たちの萌芽とも言える、荒々しくも輝かしいアイデアが詰まっています。


- 『17-21』収録作品
- 庭には二羽ニワトリがいた。: 人類が宇宙人に支配された世界で、ニワトリとして飼われる少年少女の物語。
- 佐々木くんが銃弾止めた: 大好きな先生を守るためなら、銃弾さえも止められる…!?純粋すぎる思いが奇跡を起こす学園ドラマ。
- 恋は盲目: 告白を決意した生徒会長。しかし、その行く手には通り魔や宇宙人が…!あらゆる障害をものともしない、怒涛のラブコメディ。
- シカク: 感情が少し欠けた殺し屋の少女が、「自分を殺してほしい」と願う不死身の吸血鬼に出会う物語。
- 『22-26』収録作品
- 人魚ラプソディ: 海に沈んだピアノを弾く少年と、人を食らう人魚の少女との交流を描く、美しくも切ないボーイミーツガール。
- 目が覚めたら女の子になっていた病: ある朝突然女の子になってしまった少年。その日常と恋の行方を描きます。
- 予言のナユタ: 「世界を滅ぼす」と予言された妹ナユタと、彼女を守る兄の物語。『チェンソーマン』に登場するナユタの原点とも言える作品です。
- 妹の姉: 自分の裸の絵を妹に描かれ、コンクールで金賞を取られてしまった姉。姉妹の才能と愛憎が交錯する様は、『ルックバック』の原型とも評されています。
どの作品も、一筋縄ではいかないキャラクターと、読者の予想を軽々と裏切るストーリー展開が魅力です。「普通」の物語では満足できないあなたにこそ、藤本タツキ先生の作品をおすすめします。
【まだ読んでいない方向け】そもそも『チェンソーマン』とは何か?

『チェンソーマン』は、一度読み始めたら最後、その予測不能な展開と唯一無二の世界観で、読者を決して離さない不思議な魔力を持った作品です。もしあなたが「話題になっているけど、グロいだけじゃないの?」「今から追うのは大変そう」と感じているなら、ぜひこの紹介を読んでみてください。きっと、今すぐ第一話を読みたくなるはずです。
物語の舞台:悪魔が日常にいる世界
物語の舞台は、我々の現代社会とよく似ていますが、一つだけ決定的に違うことがあります。それは「悪魔」が当たり前に存在し、人々の生活を脅かしていることです。
悪魔は、人々が抱く恐怖の対象から名前を得て生まれます。「コーヒーの悪魔」「コウモリの悪魔」といった身近なものから、「銃の悪魔」「支配の悪魔」といった、より根源的な恐怖の対象まで様々。そして、その悪魔が持つ力は、人々がその名をどれだけ恐れているかに比例します。
この悪魔を駆除し、市民の安全を守るのが「デビルハンター」と呼ばれる職業です。彼らは、政府に所属する公的なデビルハンター(公安)から、民間で活動する者まで多岐にわたります。
主人公:デンジ ~最低最悪の状況から始まる物語~
本作の主人公は、デンジという名の少年です。しかし、彼は「世界を救いたい」とか「正義のヒーローになりたい」といった、少年漫画の主人公が抱きがちな高尚な志を一切持っていません。
物語の冒頭、デンジは死んだ父親が遺した莫大な借金の返済のため、ヤクザにこき使われ、相棒の**「チェンソーの悪魔」ポチタと共に、非正規のデビルハンターとしてギリギリの生活を送っています。住む場所はボロ小屋、食べるものは食パン一枚。彼の夢は「普通の生活」を送ること。具体的には「パンにジャムを塗って食べたい」「女の子とイチャイチャしたい」**といった、ごくごく平凡で、しかし切実な欲望です。
しかし、ある日ヤクザの裏切りによって、デンジは無残に殺されてしまいます。薄れゆく意識の中、ポチタとある契約を交わしたことで、デンジは悪魔の心臓を持つ人間**「チェンソーマン」**として蘇るのでした。
『チェンソーマン』の魅力とは?
では、なぜこの作品がこれほどまでに人々を熱狂させるのでしょうか。
- 予測不能なジェットコースターストーリー 「次はこうなるだろう」という読者の予想は、いとも簡単に、そして最高の形で裏切られます。衝撃的な展開が次々と起こり、ページをめくる手が止まりません。味方だと思っていたキャラクターが敵になったり、敵だと思っていたキャラクターに感情移入してしまったり、先の展開が全く読めないスリルが最大の魅力です。
- ダークでポップな唯一無二の世界観 血しぶきが舞うハードな戦闘シーンや、時に目を背けたくなるような過酷な描写がありながら、どこかクスッと笑えるシュールなギャグや、キャラクター同士の軽妙な会話が絶妙なバランスで同居しています。このダークさとポップさが融合した独特の雰囲気が、多くの読者を虜にしています。
- 人間味あふれる魅力的なキャラクターたち デンジをはじめ、公安で彼の上司となるミステリアスな女性マキマ、同僚で先輩の早川アキ、そして破天荒な「血の魔人」パワーなど、登場するのは一癖も二癖もある強烈な個性を持ったキャラクターばかり。彼らが織りなす、疑似家族のような奇妙で温かい関係性も、この物語の大きな見どころです。
『チェンソーマン』は単なるダークファンタジーではありません。最低な状況から這い上がろうとする少年の成長物語であり、愛と欲望、生と死をテーマにした、極めて人間的な物語です。
現在物語は、公安デビルハンターとしての日々を描いた**第一部「公安編」が完結し、新たな主人公を迎えつつデンジのその後を描く第二部「学園編」**が連載中です。まずは第一部だけでも、ぜひ手に取ってみてください。きっと、藤本タツキ先生が仕掛けた壮大な物語の虜になるはずです。
まもなく公開!劇場版チェーンソーマン
2022年に放送され、その圧倒的なクオリティと原作への忠実な愛で世界を熱狂させたアニメ『チェンソーマン』。その興奮冷めやらぬ中、ついに待望の続編が劇場版『チェンソーマン レゼ篇』として、2025年にスクリーンへやってきます。
私自身、藤本タツキ先生が描く物語の虜になった一人として、この日をどれだけ待ちわびたことか分かりません。数あるエピソードの中でも、なぜ「レゼ篇」が単独の映画として描かれるのか。それは、この物語が『チェンソーマン』という作品の「心臓」とも言える重要なテーマを内包しているからです。
今回は、公開を前にその見どころと、私たちがこの映画にどうしようもなく惹きつけられる理由について、熱く語らせていただきます。
物語の核心:デンジが出会う「普通」と「特別」
本作の主役は、もちろん我らが主人公デンジ…そして、物語の鍵を握る少女「レゼ」です。
親の借金を背負い、まともな生活を知らずに生きてきたデンジ。彼の願いは「普通の暮らし」を手に入れること。そんなデンジの前に、まるでその夢を具現化したかのようにレゼは現れます。彼女はデンジに夜の学校を案内し、一緒に花火を見て、人間としての当たり前の青春を教えてくれます。
この、あまりにも瑞々しく、切ないボーイ・ミーツ・ガールの時間は、これまでの血と内臓にまみれたデンジの日常とは全くの別物です。しかし、藤本タツキ先生の作品に「ただの純愛物語」など存在しません。
その出会いが、デンジをまた熾烈な戦いへと引きずり込んでいくのです。
なぜ「レゼ篇」はファンを熱狂させるのか
1. 炸裂するアクションと映像美への期待
なんと言っても期待されるのが、制作会社MAPPAによる圧巻の映像体験です。テレビシリーズで見せた、実写映画のようなカメラワークと生々しいアクション描写が、劇場のスクリーンでどのように昇華されるのか。
チェンソーのエンジン音と、全てを吹き飛ばす爆発音。デンジとレゼ、二人の壮絶な戦いは、間違いなくアニメ史に残る名シーンとなるでしょう。
2. デンジの「人間性」の成長
「レゼ篇」は、デンジというキャラクターの成長を語る上で絶対に欠かせないエピソードです。これまで漠然と「普通」を求めていた彼が、初めて一人の人間として誰かを求め、関係を築こうとします。その先に待つのがたとえ悲劇であったとしても、この経験が彼の人間性を大きく揺さぶり、成長させるのです。彼の心の機微が、劇場でどのように描かれるのか、今から楽しみでなりません。
3. 原作屈指の「あの名シーン」
原作を読んだ方なら、誰もが思い浮かべるシーンがあるはずです。ネタバレになるため多くは語れませんが、喫茶店でのやり取り、夜のプール、そしてあの花…。これらの象徴的なシーンが、声優・上田麗奈さんが演じるレゼの声と、劇伴音楽と共に描かれることを想像しただけで、胸が締め付けられます。
公開に向けて
劇場版『チェンソーマン レゼ篇』は、単なる人気エピソードの映画化ではありません。それは、藤本タツキ先生が描く「どうしようもなさ」と、それでも求めてしまう「温かさ」という、作品の根幹を最も色濃く描いた物語です。
アクション、ラブストーリー、そして残酷な現実。あらゆる感情が爆発するこの傑作を、ぜひ劇場の暗闇の中で、共に体験しましょう。公開の日が待ちきれません。