※食事中の方は読まないでください
千代田線に乗って帰宅する途中、正確な時間は覚えていないがもう23時は回っていたと思う。
仕事が少し遅くなったのだが、電車の中は程よく混んでいて、座ることは叶わず、車両端の出入り口近くに立って壁にもたれかかっていた。スマホを手に持ちながら、ぼんやりと次の予定を考えていると、ふわふわした雰囲気の若い女性が乗り込んできて、こちらに向かってくる。
少し足元がおぼつかないようにも見えたが、特に気にすることなくスマホに目を戻した。その女性は、私のすぐ隣に立った。酔っているのか、少し体を揺らしているようだったが、まあそれも深夜の電車では珍しいことでもない。
そのまま電車が走り続け、数駅が過ぎたころ、電車が止まってドアが開いた。周りの人が降りたり乗ったりする中で、女性がふらふらとドアのほうへ歩き出した。これで一安心かと思った、その瞬間
――「えっ?」
目の前の彼女が突然、うめき声とともに嘔吐した。私の目の前にある空間に、そして床に、彼女の胃の中のものが一気に撒かれたのだ。
なんともいえない臭いが漂い始め、周囲の乗客たちが反射的に顔をしかめて後ずさりしているのが視界の端に入る。奇跡的に私の服も荷物も汚れていなかったが、その出来事の衝撃で、頭の中が真っ白になった。
彼女はそのまま一旦ドアの外に出て、さらに嘔吐を続けた。しかし、その後に驚くべきことが起こった。彼女はそのまま駅で休むわけでもなく、再び何事もなかったかのように電車に戻り、ドア横にもたれかかって立ったまま、まるで何もなかったような顔で落ち着いているのだ。
私はその場で固まったまま、ただただ事の成り行きを見守るしかなかった。電車は再び動き出し、車内に漂う微妙な匂いに乗客たちは明らかに気まずそうに息を詰めている。何が起こったのか理解できない顔の人や、目を伏せる人、まるでその場にはいないかのようにスマホを凝視し続ける人――彼女も含め、皆がそれぞれの「見なかったこと」にしている様子が妙におかしい。
私も思わずスマホの画面に視線を戻しながら、次の駅で一度降りて乗り換えようかと思案するが、その一方で、この状況に対する驚きや不思議さ、これを発見した時の駅員の悲惨さが脳裏にちらつく。
すると次の駅で女性は、何事もなく電車を降りていった。もしかしたら、遠くに住んでいて終電がなくなりそうだったのかもしれない。そんなくだらないことを考えながら、私も駅で降りた。
電車を降りて息を吸い込んだ。新鮮な空気が気持ちよかった。私はいつも通り駅の構内を歩きながら、再びスマホを手に取り、先ほどの出来事が現実だったのか、夢だったのか、ぼんやり考えながら、家路を急いだ。